笹ヶ瀬川沿いの米倉港は、かつて岡山の発展を支えた重要な拠点でした。しかし現在は、上流から流れてくるごみや、大樋を通じて用水・雨水とともに流れ込むごみが漂着しています。
この場所の歴史と現状を知り、地域で力を合わせて、安全で美しい水辺へ変えていく。米倉港をその象徴とし、各地で身近な場所を大切にする行動へ広げていくことが、米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクトの願いです。
SINCE 1628
笹ヶ瀬川と足守川の合流域に位置し、寛永5年(1628年)の新田開発によって生まれた水門・港を中心とする歴史的空間である。水深が深く、児島方面・庭瀬・足守など瀬戸内各地からの出船入船が絶えず、物資の積み下ろし場として栄えた。藩主・池田忠雄が「ここも余の米倉か」と述べた故事により生まれたと伝わる「米倉」という誇り高い地名。この名に込められた歴史と精神を、SINCE 1628として心に刻み続けたい。
米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクトとは?
~米倉港を、安全で美しいクリーンゾーンへ~
笹ヶ瀬川沿いの米倉港は、かつて岡山の発展を支えた重要な拠点でした。しかし現在は、上流から流れてくるごみや、大樋を通じて用水・雨水とともに流れ込むごみが漂着しています。
この場所の歴史と現状を知り、地域で力を合わせて、安全で美しい水辺へ変えていく。米倉港をその象徴とし、各地で身近な場所を大切にする行動へ広げていくことが、米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクトの願いです。
SINCE 1628
笹ヶ瀬川と足守川の合流域に位置し、寛永5年(1628年)の新田開発によって生まれた水門・港を中心とする歴史的空間である。水深が深く、児島方面・庭瀬・足守など瀬戸内各地からの出船入船が絶えず、物資の積み下ろし場として栄えた。藩主・池田忠雄が「ここも余の米倉か」と述べた故事により生まれたと伝わる「米倉」という誇り高い地名。この名に込められた歴史と精神を、SINCE 1628として心に刻み続けたい。