第1回協働清掃(3)
この日は天候も良く、水が多くゴミはどうやら下へ流されており比較的きれい。
それでも皆さんタバコの吸い殻、空き缶など拾ってくれる。男性が2名川底に手を伸ばしている。
そしてなんと便器まで川底から出てきた。
なんで?と思う事が現実にある。
この日は天候も良く、水が多くゴミはどうやら下へ流されており比較的きれい。
それでも皆さんタバコの吸い殻、空き缶など拾ってくれる。男性が2名川底に手を伸ばしている。
そしてなんと便器まで川底から出てきた。
なんで?と思う事が現実にある。
10月11日(日)8時~9時、米倉港集合により開始。米倉町内会が中心になってのプロジェクトということになっているが現実町内の方全員がもろ手を挙げて賛成してくれているわけではない。
区づくり支援事業となったので区役所の方、補助金担当の方が見学に来られるということだが、人が集まってくれるのか不安を抱えて時間になった。
集合場所に行ってみれば、なんと約30名の方が集まってくれていた。安井会長,川本浩一郎市議の挨拶で清掃開始。
また町内で樋門の開け閉めを自主的に担当してくれている方が樋門を開けて皆さんに実情を見せてくれた。
勢いよく流れ込む水と共に流れ込むゴミ又ゴミ。さっきまできれいだなと思っていた港がなんとなんと。拾っても拾ってもいたちごっこという意味が分かる。
ゴミを拾うこと以上にゴミ箱に捨てなければ、分けなければと思えるようになることが一番だ。
この活動が清掃、防災、そして教育活動として広まり、我々の故郷が美しく、誇りある岡山県になっていく事を願って続けていきたい。
米倉町内会安井哲会長・NPO法人音楽の砦松原徹理事長の挨拶
米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクトのコンセプトを聞いてください。
看板の中央にQRコードを設ける。そこから、港及び米倉の歴史、魚、ゴミ、プロジェクトの活動状況等を知り、クリーンアップに対する心を定めてもらうためのHPだ。
トコトコオフィスのPC関連でお世話になっている時末さん、町内会のHPを担当されている岡田さん、安井町内会長、そして名畑、松原の5名による、第一回HP制作会議を行った。1+1=無限、よく使われるフレーズだが、このプロジェクトはそうなりそうだ。
Since1628の歴史的港・米倉港の第1回協働清掃をします。
ご都合のつく方はふるって参加ください。お申し込みはいりません。当日現地にて。
軍手は支給させていただきます。
笹ヶ瀬川沿いの米倉港は、かつて岡山の発展を支えた重要な拠点でした。しかし現在は、上流から流れてくるごみや、大樋を通じて用水・雨水とともに流れ込むごみが漂着しています。
この場所の歴史と現状を知り、地域で力を合わせて、安全で美しい水辺へ変えていく。米倉港をその象徴とし、各地で身近な場所を大切にする行動へ広げていくことが、米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクトの願いです。
SINCE 1628
笹ヶ瀬川と足守川の合流域に位置し、寛永5年(1628年)の新田開発によって生まれた水門・港を中心とする歴史的空間である。水深が深く、児島方面・庭瀬・足守など瀬戸内各地からの出船入船が絶えず、物資の積み下ろし場として栄えた。藩主・池田忠雄が「ここも余の米倉か」と述べた故事により生まれたと伝わる「米倉」という誇り高い地名。この名に込められた歴史と精神を、SINCE 1628として心に刻み続けたい。
米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクトとは?
~米倉港を、安全で美しいクリーンゾーンへ~
笹ヶ瀬川沿いの米倉港は、かつて岡山の発展を支えた重要な拠点でした。しかし現在は、上流から流れてくるごみや、大樋を通じて用水・雨水とともに流れ込むごみが漂着しています。
この場所の歴史と現状を知り、地域で力を合わせて、安全で美しい水辺へ変えていく。米倉港をその象徴とし、各地で身近な場所を大切にする行動へ広げていくことが、米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクトの願いです。
SINCE 1628
笹ヶ瀬川と足守川の合流域に位置し、寛永5年(1628年)の新田開発によって生まれた水門・港を中心とする歴史的空間である。水深が深く、児島方面・庭瀬・足守など瀬戸内各地からの出船入船が絶えず、物資の積み下ろし場として栄えた。藩主・池田忠雄が「ここも余の米倉か」と述べた故事により生まれたと伝わる「米倉」という誇り高い地名。この名に込められた歴史と精神を、SINCE 1628として心に刻み続けたい。
400年近い歴史を、次の世代へ。
米倉港は、1628年の新田開発を起点に、長い年月をかけて地域の暮らしとともに歩んできた場所です。かつては舟が行き交い、人と物が集まる水運の拠点として栄えた米倉港。そして今、この歴史ある場所を未来へつないでいくため、新しい地域活動が始まります。
米倉港クリーンゾーンとは?
「米倉港クリーンゾーン since1628」は、米倉港の環境を守りながら、誰もが安全に清掃活動へ参加できる仕組みを地域につくっていくプロジェクトです。
単に一度だけ大勢でゴミを拾う清掃イベントではありません。
町内会を中心に、地域住民、釣り人、協力団体などがつながり、
「気づいた人が、できる時に、できる範囲で。」
そんな小さな行動を積み重ねながら、米倉港を守ることを地域の日常にしていくことを目指しています。
なぜ、この活動が必要なのか。
米倉港には、笹ヶ瀬川から流れてくるさまざまな漂着物が集まりやすいという地形的な特徴があります。
樋門の構造、潮位の変化、川の流れなどが重なり、流木やゴミが港の中に滞留しやすく、地域では以前から清掃活動が行われてきました。
しかし、水辺での清掃には転落や滑落、水位変動などの危険があります。
善意や個人の自主性だけに頼るのではなく、
「安全に活動できる道具」
「見守る人」
「地域で支える仕組み」
を整える必要があります。
そこで生まれたのが「米倉港クリーンアップ安全支援プロジェクト」です。
目指すのは「清掃」ではなく「仕組みづくり」
このプロジェクトが目指しているのは、米倉港を一度きれいにして終わることではありません。
地域の中に、
安全に活動できる環境があり、
協力してくれる人がいて、
活動した人の姿が見え、
次の人へ活動がつながっていく。
そんな継続できる循環をつくることです。
01|安全に清掃できる環境をつくる
米倉港は、水面との高低差や不安定な足場など、水辺特有の危険がある場所です。
そのため、
・ライフジャケット
・ロング長靴
・救命ロープ
・伸縮式のかき出し棒
・水面ゴミ回収用の伸縮網
・安全コーン
・救急用品
などを整備。
安全用品や清掃道具をまとめて管理する「水辺安全ステーション」の考え方も取り入れ、地域住民が安全に活動できる環境を整えていきます。
02|米倉港に合った清掃道具をつくる
一般的なゴミ拾い用の道具だけでは、米倉港の水面や岸壁付近にたまった漂着物を安全に回収することが難しい場合があります。
そこで、
・水面ゴミ回収棒
・泥地対応ごみ掻き
・水際ゴミキャッチャー
など、米倉港の環境に合わせた清掃ツールを検討・導入します。
将来的には、米倉港だけでなく、同じような水辺環境を持つ地域でも活用できるモデルを目指します。
03|クリーンパートナー制度
この活動の大きな特徴が「クリーンパートナー制度」です。
決められた日だけ清掃するのではなく、
散歩をしている時。
釣りをしている時。
港の近くを通った時。
気づいたゴミを無理のない範囲で拾う。
その一つひとつの行動を記録カードへ残し、町内会が確認します。
活動に協力してくれた人を「クリーンパートナー」として紹介し、缶バッジなどを通じて協力の輪を見える形にしていきます。
清掃を「義務」にするのではなく、
「この港をみんなで大切にする文化」
として育てていくための仕組みです。
04|地域みんなで守る米倉港へ
米倉町内会だけで活動を抱えるのではなく、
・地域住民
・釣り人
・樋門管理者
・協力団体
・学区内の有志
など、さまざまな人がそれぞれのできる形で関わります。
特に、釣り人を「利用者」として分けるのではなく、米倉港を一緒に守る「協働者」として位置づけていることも、このプロジェクトの特徴です。
05|活動を記録し、未来へ残す
清掃活動は、写真や動画、ホームページ、SNS、地域回覧板などで記録・発信していきます。
誰がどのような活動を行い、米倉港がどのように変わっていったのか。
その記録そのものを地域の財産として残し、次の世代へ活動をつないでいきます。
CLEAN ZONE since 1628
1628年。
この地で新田開発が始まり、米倉という地域の歴史が動き始めました。
それから約400年。
時代が変わり、港の役割が変わっても、ここは地域の人々とともにあり続けてきました。
「since1628」という言葉は、清掃活動が1628年から続いているという意味ではありません。
1628年から受け継がれてきた米倉という地域の歴史を、今を生きる私たちが守り、未来へつないでいく。
そんな思いを表しています。
気づいた人が、できることを。
大きなことをする必要はありません。
港を歩いた時に、ひとつゴミを拾う。
危険な場所を見つけたら、地域に伝える。
活動している人を応援する。
その小さな行動の積み重ねが、米倉港の未来をつくります。
昔、人と物が行き交った米倉港を、
これからは、人と人の想いがつながる場所へ。
米倉港クリーンゾーン since1628。
ここから、新しい地域の文化を育てていきます。