吉備中央町へ。
数年前、自分史に代わる「自分歌・心音」を作らせていただいた難波末女様。その甥御様のご厚意で、生産者の方を通じて、おいしいぶどうを送っていただいている。
「ぶどう農家さんが松原さんのファンなんです」そう聞いて以来、一度お礼とご挨拶に訪ねたいと思っていた。その願いが、ようやくかなった。大変喜んでくださり、こちらが恐縮するほどだった。
音楽を通じて、こうしてご縁がつながっていることがありがたい。
トコトコオフィスでは、皆様の暮らしを声から改善します。
トコトコオフィスは、RSKラジオ「朝耳らじお5・5」でおなじみのヴォイスクリエーター松原徹が主催する松原徹音楽事務所と保育士名畑俊子が代表を務めるトコトコハウスの総称です。
根底にあるのは音楽によって社会に貢献する特定非営利活動法人“音楽の砦”の理念です。
トコトコオフィスは音楽の砦の理念のもと生まれました。大人向けの松原徹音楽事務所とお子様向けのトコトコハウスがあります。
音楽の持つ柔軟性と、よい意味での曖昧さをもって、各種企業、行政、学校、各種連盟、連合等の結びつきを深め、高齢化、非行・引きこもり、雇用、経済など、現役社会が抱える様々な問題に挑み、効果を生みだす事ができると考えます。
一人一人の個性を引き出す場として、また、保育園、幼稚園、小学校などの団体生活になじめない子どもの訓練場所として、忙しい保護者をサポートするための一時預かりとして、ピアノを用いた情操教育を行っています。
地域活性化ソング、社歌、プライベートソング等のさらなる制作。
数年前、自分史に代わる「自分歌・心音」を作らせていただいた難波末女様。その甥御様のご厚意で、生産者の方を通じて、おいしいぶどうを送っていただいている。
「ぶどう農家さんが松原さんのファンなんです」そう聞いて以来、一度お礼とご挨拶に訪ねたいと思っていた。その願いが、ようやくかなった。大変喜んでくださり、こちらが恐縮するほどだった。
音楽を通じて、こうしてご縁がつながっていることがありがたい。
10月30日は岡南公民館文化祭、11月1日は高梁市高倉町文化祭へ。
どちらも四半世紀以上、お世話になっている大正琴教室である。人数が少なくなり、今回は両教室とも怪我による欠席者もあって、少人数でのステージとなった。それでも、皆さん一所懸命に演奏してくださった。
途中で演奏が止まる場面もあったが、演奏する側も、お客さんも笑顔。なんともほほえましい時間となった。
高倉の文化祭では、お洒落な装いの男性がカラオケで懐メロを披露。歌の方が伴奏よりひと足早く終わったのも、ご愛嬌。その場に流れる温かさに、「これこそ地域のお祭りだなあ」と思った。
長年ご一緒してきた皆さんと、今年もこうして文化祭を迎えられたことがうれしい。毎年、いい時間をいただいている。
ご出演の皆さん、ご来場の皆さん、そして準備・運営にあたられた皆さん、ありがとうございました。
ビートルズが世界へ羽ばたく礎となったリバプールのキャヴァーン・クラブ。その名にあやかり、商店街のスーパーマーケット跡地で「LIVE AT新見のCAVERN」を開催した。新見の講座受講生で、会場の持ち主でもある中曾さんの「地元を元気にする何かを」というご依頼がきっかけだった。
手売りを主流とする私たちには集客への不安もあったが、新見、高梁から多くの方にお越しいただき、会場は満員に。足りなくなった椅子は、新見公民館の西岡館長のご協力で補うことができた。
開演前には中曾さんの娘さんが甘酒をふるまってくださり、空きスペースがあたたかい交流の場へと変わった。27年前に「音楽の砦」を共につくった難波君のお米の販売も盛況だった。
中曾さんご家族、協力・取材をいただいた吉備ケーブルテレビさん、西岡館長、運営を支えた名畑先生、杉原先生、そしてご参加いただいた皆様。本当にありがとうございました。皆様のお陰で催しは大成功。人と人が手を結ぶ「文化連携」の力を実感する一日となった。
笹ヶ瀬川は、岡山市を流れ、児島湖に注ぐ二級河川。桃太郎の桃が流れてきたという伝説もある。米倉港に関わるようになって、この身近な川について、知らなかったことがたくさんあると気づいた。
笹ヶ瀬川は途中で足守川と合流し、児島湖へ。倉敷川も同じ湖に流れ込む。その水は、児島湾締切堤防の水門を通して海へ排出される。
ところが、大雨が降っても、水門を開ければ済むという単純な話ではない。海側の潮位が高ければ排水は難しくなり、児島湖の水位が上がれば、笹ヶ瀬川の水も流れにくくなる。低い土地が広がる地域ならではの難しさがある。
「岡山は災害が少ないから大丈夫」西日本豪雨を経験した今、その安心感だけで、見て見ぬふりはできない。
それなら、どうすればいいのか。安井米倉町内会長、片山連合町内会長からは、こんな話を聞いた。「締切堤防の水門から流すだけではなく、トンネルを掘って玉野へ直接流す。あるいは金甲山の下を通して、瀬戸内海へ流すしかないのではないか」
それは難しい……。聞いたとき、私はそう思った。けれど、江戸時代には約43㎞にわたる玉川上水が造られ、江戸の人々の暮らしを支えた。岡山にも、後楽園用水や祇園用水がある。後楽園へ水を引くために、川底に水管を通す工夫までしていたという。先人たちは、水をどこから引き、どこへ流すかを考え、地形に合わせた知恵と技術で、実際に形にしてきた。
もちろん、昔の方法をそのまま使えるわけではない。それでも、「難しい」で思考を止めていいのだろうか。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」事が起こってから考えるだけでなく、歴史から学び、今できることを考えておきたい。
そんなことを考えるようになったのも、米倉港でゴミ拾いをしていた、当時小学生だった3人のお陰である。子どもたちの行動が、私に地域の川と暮らしを見つめるきっかけをくれた。
朝、杉原先生、名畑先生と米倉港の清掃を行い、10時から「知っとかなきゃ!笹ヶ瀬川のこと」を開催した。
メインMCは安井米倉町内会長。隣の町内会長にも参加いただき、笹ヶ瀬川が抱える危険性や、こうなったらいいという未来像について貴重な学びの機会となった。
今後は定期開催を行い、未来のために笹ヶ瀬川のことを伝えていく。
2019年、岡山市立平津小学校の学習発表会で、当時の6年生と一緒に、愛唱歌「ふるさと讃歌(作詞 玉光源爾 作曲 松原徹)」を歌わせていただいた時の画像。
この子たちが3年生の時、大河原副理事長の手によってレコーディングした歌声を卒業の際にCDにして、卒業記念品にしていただいた。
あの日、一緒に歌った子どもたちも、もう成人している頃だろう。
これから先、壁にぶつかった時、自分を見失いそうになった時。あの頃の自分たちの歌声を、聴いてほしいなと思う。
⚫️懐かしい画像
2019年、岡山市立平津小学校の学習発表会で、当時の6年生と一緒に、愛唱歌「ふるさと讃歌(作詞 玉光源爾 作曲 松原徹)」を歌わせていただいた時の画像。
この子たちが3年生の時、大河原副理事長の手によってレコーディングした歌声を卒業の際にCDにして、卒業記念品にしていただいた。
あの日、一緒に歌った子どもたちも、もう成人している頃だろう。
これから先、壁にぶつかった時、自分を見失いそうになった時。あの頃の自分たちの歌声を、聴いてほしいなと思う。
2019年、岡山市立平津小学校の学習発表会で、当時の6年生と一緒に、愛唱歌「ふるさと讃歌(作詞 玉光源爾 作曲 松原徹)」を歌わせていただいた時の画像。
この子たちが3年生の時、大河原副理事長の手によってレコーディングした歌声を卒業の際にCDにして、卒業記念品にしていただいた。
あの日、一緒に歌った子どもたちも、もう成人している頃だろう。
これから先、壁にぶつかった時、自分を見失いそうになった時。あの頃の自分たちの歌声を、聴いてほしいなと思う。